イギリス演劇留学ノート

イギリスの大学・大学院で4年間演劇を勉強した備忘録

現代演劇 (Modern Theatre) ③ メイエルホリド

②ではスタニスラフスキーによる自然主義的な演出・演技術について書きました。

今回のテーマはそんな自然主義に反発し、シンボリズム(象徴主義)による舞台を創り上げた演出家

フセヴォロド・メイエルホリド Vsevolod Meyerhold(1874− 1940)

です。

スタニスラフスキーの演出が文学的なイメージならば、メイエルホリドのは「考えるな、感じろ!」といった感じ。

 

メイエルホリドは始め、スタニスラフスキーの生徒として役者をしていました。

けれど全てをリアルに再現する自然主義に違和感を感じ、彼の元を離れます。

もともとある特定の場をひたすら現実に忠実に作り上げるという自然主義には、一つの弱点がありました。社会革命や経済危機などの規模の大きな問題(特に当時のロシアは革命真っ只中)を表現するには、自然主義の舞台ではスケールが小さすぎたのです。

ではどのような舞台ならより大きなことを表現できるのか? メイエルホリドが着目したのは観客の想像力、そしてそれをいかに刺激するかということでした。

メイエルホリドは特に、道端でやっている人形劇や、旅一座によるイタリアの喜劇コメディア・デッラルテなど、伝統的な大衆芸能からその着想を得ていきます。

 

観客の想像力

メイエルホリドは自然主義の舞台を「観客に想像の余地を与えていない」と批判しました。

人間実際に見るよりも自分で想像したイメージの方が常に強いものなのに、全てを仔細に見せることで逆に観客の期待を幻滅させてしまう、とも。

ホラーものやパニックもので、敵の正体を知る前が一番怖いっていうのと同じですね。

また、完璧に再現された舞台セットはその額縁感から、舞台と観客を隔てる“第四の壁“を作ってしまいます。舞台上の出来事とは隔離され、またそこまで突拍子もないことは起こらない自然主義の舞台では、観客は次第に退屈していってしまうとメイエルホリドは感じました。

そんなわけで、メイエルホリドはとにかく観客に「自ら」想像させる演出を探究していくことになるのです。

 

グロテスク

観客の想像力を刺激する方法としてメイエルホリドがまず考えたのは「驚き」でした。

先読みができる舞台ではなく、とにかくダイナミックで予想できない舞台。

そのためにメイエルホリドが考えた要素がグロテスクです。

日本語でグロテスク、というと残虐暴力血まみれ、みたいなイメージがありますが、ここでのグロテスクは2つの相反するものが混在する、という意味です。

喜びと悲しみ、美と醜といった対極の要素を舞台上で同時に表現することで、観客に困惑という驚きを与え、新しい視点を持ってもらうのです。

 

リズム

観客に驚きを与えるための要素、二つ目がリズムです。

音楽は言葉よりもずっと効率的に情感を伝えることができる、ということに着目したメイエルホリドは舞台でも積極的に音楽を使っていきます。

が、そこでまたグロテスク。メイエルホリドはその場の空気に合わない音楽をわざと使ったりしました。

ただ、何も考えずに違う雰囲気の音楽を使っても、舞台全体がバラバラになるだけ。

グロテスクを用いつつ作品としてまとめ上げるためにメイエルホリドがすんごくすんごく気を配ったもの、それがリズムでした。

空間的なリズム Spatial rhythm: 舞台上での物理的なリズム(動き)

時間的なリズム Temporal rhythm: 音楽のリズム

この二つがぴったり来ると、特に役者が動きを静止したときに、非常に力強い・印象的な瞬間を作り上げることができるのです。

そうした瞬間瞬間をモンタージュのように舞台上で展開することで、メイエルホリドは言葉に頼らない刺激を観客に与えていきました。

 

ビオメハニカ

リズムを完璧に体現するメイエルホリドの舞台では、役者には自然主義の時よりも更に高い身体能力が求められました。

そこでメイエルホリドが編み出したのがビオメハニカという訓練法です。

これは工場での反復的かつ科学的な動きからインスピレーションを得たもので、正確なリズムと音楽性に沿って決められた動きを、何度も繰り返し練習することで習得していきます。

動き自体はコメディア・デッラルテの伝統的な動作や体操などを元に編み上げられていて、

役者の身体・筋肉をより機敏に動かせるようにし、表現の幅を広げることを目的としています。

実際のエクササイズがこちら↓

www.youtube.com

ぱっと見はとても不思議な動きに見えますよね。

けれどこのビオメハニカをマスターした役者は、「習得していくうちに、段々この動き自体が感情を持っていることがわかってくる。やがて動きが自然と内から感情を呼び覚ますようになる」と語っています。

ある能楽師の方が「最初はそこまでの深い理解のない状態で代々続く動きを習い、繰り返しているが、ある時ふっと『ああ、この動きはこういう心情だったのか』とわかる瞬間がくる」と言っていました。メイエルホリド自身、能からも大きな影響を受けているので、こんな共通点があるのかもしれません。

 

役割

自然主義演劇とメイエルホリドの演劇では役の作り方にも大きな違いがありました。心理的考察から役作りをしていく自然主義に対し、メイエルホリドはそのキャラクターの役割に着目したのです。

特に大きな影響を受けたのがコメディア・デッラルテ。イタリアの伝統喜劇であるこの即興劇では、脚本は存在しません。その代わり決まっているのがプロットとストックキャラクターです。

ストックキャラクターとは典型的なキャラクターのこと。日本の歌舞伎でも例えば二枚目はイケメン役、三枚目は滑稽役、なんてのがあります。同じようにコメディア・デッラルテでは悪徳爺さんのパンタローネ、トラブルメーカーの従僕ザンニ、といったキャラクターたちがいるのです。

脚本が存在しないコメディア・デッラルテでは「〇〇が△△して□□になる」といったようなざっくりとしたプロット=ストーリーの点と点をストックキャラクターによる即興劇でつなげていきます。

ここで重要なのは、ストックキャラクターには物語を進める上での「役割」が決まっているということ。例えばパンタローネは物語での障害、ザンニは問題を引き起こす、より大きくする、なんていった具合です。逆に言えば、パンタローネが問題を解決することは絶対にありません。

メイエルホリドはこのストックキャラクターと同じ考え方で脚本上の登場人物たちを読み解いていきました。スタニスラフスキーのような人物を個人として考えるのではなく、あくまで物語を進める歯車として考えていったということですね。チェーホフを上演する上でも、この人物はパンタローネのようなもの、これは障害に苦しむ恋人たち、と役割に徹して演出し、その結果、スタニスラフスキー演出には不服だったチェーホフも気にいる「喜劇」になったそうです。

このストックキャラクター、その特性を分かりやすくするために、仮面・衣装・動き方・声のトーンに至るまで特定のものが決まっています。つまり登場人物の性格自体、言葉ではなく視覚・聴覚で理解できるということです。ビオメハニカで身体能力を鍛た役者たちが象徴的な仕草・動きで表現することにより、メイエルホリドはより観客の感覚に訴える人物描写を成し遂げたのです。

 

このように、スタニスラフスキーとは全く違ったアプローチで観客の想像力に訴えかけたメイエルホリドさん。舞台への信念のもとソ連共産党を批判したため、1940年に投獄・処刑され、その生涯を終えます。ですが印象的な彼の演出は演劇界の大きな功績となったのです。

以上、現代演劇に多大な影響を与えた4人、その2人目でした。

さて次回は国が変わって、ドイツはブレヒトについて書きたいと思います。