現代演劇 (Modern Theatre) ② スタニスラフスキー
さて、今回のテーマは現代演劇に多大な影響を与えた4人の人物、その最初の1人
コンスタンチン・スタニスラフスキー Konstantin Stanislavsky (1863-1938)
です。
芸術は人生を形にしたもの、という信念のもと
説得力のある演技とは? 役者はどうすればそこへ至れるのか?
そのプロセスを提唱した人物です。
スタニスラフスキーは1898年、ネミロヴィチ・ダンチェンコと共にモスクワ芸術座を設立。12月に上演した『かもめ』で大成功を収めます。
役者たちの自然な演技、美術衣装音響などによる舞台効果、当時の新技術である電気を使った照明。
これらすべてを駆使して『かもめ』の世界の‘空気’を緻密に創り上げたこの舞台は、当時のロシア演劇界に衝撃を与えました。
その後もスタニスラフスキーはどうすれば「役者が舞台上で真に役を生きる」ことができるのかを探究し、その成果であるスタニスラフスキー・システムを生涯アップデートし続けました。
ではそのスタニスラフスキー・システムはどんなものなのか?
ものすごーーーく簡単に説明します。
- リラックスと集中
まず役者は身体を完全にリラックスさせることができなければなりません。
身体が強張る、声が上ずるなどの身体反応は、観客にとってはそれ自体が役の心情についての情報です。けれどそれが役のものでなく役者のものだと、物語には関係ないので当然ノイズになってしまいます。それを防ぐために、役者はまず自身の身体から意図的に緊張を取り除くことができる必要があるのです。
このリラックスができるようになった役者だけが、次のステップである集中へ進めます。
集中、といっても一点への集中ではなく、円状に広がっていく集中というイメージ。
普段意識せずとも感じているはずの、地面の硬さや机の手触り、道端の植木など。そういったもの全てに意識を向け、注意深く観察することで新たな視点を得ることができます。
自分がそもそも抱いていたのではない視点 →ということは→ 他人の視点 →つまり→ 役の視点
というふうに、役としての考えを得る手がかりができるのです。
例えば舞台上に机がある。集中しなければ「机は机」と思考停止して終わってしまいますが、集中して観察すると、「この机はいつからあるのか」「滑らかな手触りがする」「大人にはいいけど子どもには高すぎる」など情報が色々出てきて役作りに有効というです。
- ディスカッション
役者全員が集まり、演じる脚本について話し合います。まず全員で決めるのは
スーパーオブジェクティブ Super Objective(超目標):作者がその脚本で伝えたいこと です
その戯曲のテーマですね。例えばシンデレラで言うと「例え辛くても、清く正しく生きていれば幸せになれる」といった感じです。
その次に話し合われるのが
ファンダメンタルオブジェクティブ Fundamental Objective(根本目標):その作品を通して各登場人物が達成したいこと
例えばシンデレラの継母の場合は「娘を王子の結婚相手にすること」魔女のおばあさんなら「シンデレラを幸せにすること」のように設定できます。
作品全体を通しての目標二つが定まったところで、今度は脚本を
全体 → エピソード → 断片 と分けていきます。
エピソード Episode:脚本を大きな場面場面に分けたもの
「理不尽な仕事をこなすも、結局舞踏会には行けない」「お城で王子と出会い、恋に落ちる」「王子がガラスの靴の持ち主を探しにやって来る」など。
戯曲で言う第○場、第○幕、と同じ場合もあります。
断片 Bit:エピソードを「アクション」1つずつに分解したもの
アクション Actionとはその瞬間、登場人物が望んでいること(目標)を叶えるための行動を指します。
例えばシンデレラの義理の姉で言えば
断片A
目標:シンデレラに舞踏会の準備をさせたくない
アクション:シンデレラに大量の仕事を与える
断片B
目標:シンデレラを舞踏会に行かせたくない
アクション:シンデレラのドレスを破る
といった感じです。脚本に書いてある全てのシーンをこの断片まで分解・分析します。
(このアクションについては、演技(Acting)のノートで更に詳しく書きたいと思います)
このアクションを考える際に重要なのが
ギブンサーカムスタンス Given Circumstance(与えられた環境): その出来事はいつ、どこで、どのように、どんな状況で起こっているのか
そして魔法のもしも Magic Ifです。
「もしも自分が」その状況にあったらどう思うか、目標を達成するために何をするか。
‘魔法のもしも‘を使って与えられた環境に自分を置いてみることで、自身の中から生まれる自然な感覚をアクションとして舞台にのせることができるのです。
- テンポとリズム
テンポ:アクションによって作られるスピード
リズム:感情などの内的要因によって作られる、役者が感じるスピード
例えば舞踏会でのシンデレラの義姉を考えてみましょう。
王子が自分に見向きもせず、見知らぬ女(シンデレラ)と踊っている。
さすがに王子自身が選んだ相手と踊っているのを止めることはできません。義姉にできるのは横から見ているだけ… アクションとして大きな動きはないので、テンポは遅くなります。
一方心はというと、自分が選ばれなかった悔しさや見知らぬ女への嫉妬、次のターンになれば自分が踊れるかもという期待でとても忙しいことでしょう。つまり内的要因によるスピード、リズムは速くなるのです。
さらにセリフの行間や裏の意味など、書かれている文字面とは異なるサブテキストから役の人物像、性格などを考えていきます。
- フィジカルアクションメソッド
これはスタニスラフスキーがシステムの後に考え出した方法です。
まず役者は脚本からシーンの内容を読み取ったあと、セリフを覚えるよりもまずそのシーンをインプロで再現します。もちろん最初はうまくいきません。
そこでもう一度脚本を読み、自分たちのインプロとどこが違ったのか確認、再度インプロに挑戦します。
これを繰り返すことでインプロは段々脚本通りの内容・セリフに近づいていき、役者はその行動・言葉である意味を自発的に経験・探究していくというメソッドです。
以上がスタニスラフスキー・システムの非常にざっくりとしたまとめです。
このような画期的な演技システム・メソッドを遺したスタニスラフスキーですが、人間の真実を舞台上で表現する方法はもちろんこれが唯一というわけではありません。
特にスタニスラフスキーのやり方に対して「エリート主義だ」と反発した人物がいました。
それがスタニスラフスキーの生徒でもあったメイエルホリドです。
現代演劇(Modern Theatre) ③ではこのメイエルホリドについて書いていきたいと思います。
今回の内容は授業のノートに加え、テキスト代わりに使われていた
Robert Leach 著 MAKERS OF MODERN THEATRE An introduction
からのものを多く含んでいます。